「むろかつんトコ」

千葉ロッテマリーンズとヴァンフォーレ甲府を応援しています。それと時事ネタなども。タイトル変更しました。

正直、「サプライズ演出」は結婚式でも苦手だし、葬儀なんかじゃもっと嫌だ(爆)

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Funeral flower arrangement

葬儀でのサプライズ演出はけしからん? - ウォッチ | 教えて!goo

昔、親父が持ってたいしいひさいちの漫画であったなあ。葬式に行ったら亡くなった故人そっくりのアンドロイドがそこにいたっていうサプライズ(爆)

葬儀とは、故人、遺族、参列者など、様々な人間の思いや感情が錯綜する場面である。それだけに葬儀のスタイルについて意見が衝突することもしばしばだ。少し前であれば、「葬儀は厳かに」という暗黙の了解に則っていればよかったが、価値観の多様化が言われる昨今はそうでもないらしい。「教えて!goo」にも「彼 いつか迎えるおばあちゃんのお葬式での計画」という質問が寄せられている。

■サプライズ演出はあり?なし?

祖母の葬儀で「みんなの前で大きな声でいままでありがとうございました!!っていって深く礼をする。それで、そこにいるみんなはきっともう大泣きよ。号泣!」という彼に質問者は、「何ともいえない、嫌な感情」を抱いている。回答者も軒並み、葬儀の場において突拍子もない演出は「ふさわしくない」との回答を寄せた。

「過剰な行動は場を白けさせるのでは無いかな~と。『今までありがとうございました!』って卒業式じゃあるまいし^_^;」(soraneko18さん)

「彼って過去に何度が葬儀に参列したことありますか?もしかしたらお葬式独特の雰囲気なんて言うのをまだ知らないのではないかなと思いますよ」(babaorangeさん)

■葬儀は「厳か」でなければならない?

これからの時代、特に家族葬や直葬、海洋葬など様々な葬儀のスタイルが普及する一方で、我々の葬儀の価値観はどうついていったらよいのだろうか。このことに関して、心に残る家族葬という葬儀サービスを全国で展開している葬儀アドバイザーに解説していただいた。

「否定的に捉えられがちな葬儀の演出ですが、サプライズをしてあげたいと思うこと自体が間違っているとは思いません。そもそも葬儀とは、故人を送り出す儀式であり、遺族は『ふさわしい』態度でならなければいけないとされています。しかし、世界の葬儀を見ると、どうやらその限りではないようなのです。例えば中国では、非常に派手な葬式がされます。楽器や爆竹で大きな音を出したり、現金を餅撒きのように撒いたりもします。他にもインドネシアのバリ島の伝統的な葬儀では、遺体を神輿のように担いで声を張り上げて運んだりします。これらの葬儀に共通しているのは、故人を思う心です。このことは、葬儀の本質を考えるうえで非常に大切ではないでしょうか」

大事なことは、故人を思う気持ちだと話す葬儀アドバイザー。確かにその気持ちなしでは本末転倒になってしまう。

「派手な葬儀をしている者が故人のことを思いやっていないなどと一概に決めつけることはできません。むしろ、亡くなった者を思えばこその派手な葬儀なのです。例にあげた中国、インドネシアといった国の派手な葬儀も、故人に敬意を払い、その人を思えばこそのものです。日本でも、葬儀でのサプライズな演出がそこまで否定されなくてもよいのではないでしょうか」

私たちの文化では、みんなが一様に下を向き悲しげな表情で葬儀に参列していた。その態度こそが「葬儀にふさわしい厳かなもの」であるという固定観念があったのだ。しかし現代では、葬儀の価値観も多様化している。私たちは今、葬儀の「ふさわしさ」をめぐる新たな変革の岐路に立たされているのかもしれない。

まあ個人的には「どうしても盛り上げたけりゃ、密葬の後「お別れ会」でもやるか、お盆に長崎に行って精霊流しにでも参加しなよとしか言い様がないなあ、これ(苦笑)

私自身の葬式はもう密葬で。「葬式無用戒名不用」でもいい。

どうも私自身、我ながらひどいなーと思ってるのは、モノに対する執着心ってのがあまりない性格で、先日も持っている蔵書や漫画などを「持ち運びが楽でいいから」って、全部自炊してiPadに入れて200冊以上を2回に分けて処分したりしてましたし(2回に分けたのはレンタルで借りた裁断機とスキャナーの都合だったんですけどね)。

同様に、私自身の葬式については「いや、別にやんなくてもいいんじゃないの?」って思ってるぐらいで、最終的には私が先に死んだら妻とか家族が決めるんでしょうけど、別に密葬で病院で最期を迎えたらそのまま葬儀屋さんに手配して、火葬場直行でもいいかなーと。

以前、白洲次郎という戦後の吉田茂総理の側近として活躍したブレーンの人が、自分が死ぬ前に「葬式無用 戒名不用」と言って残して最期を迎えたという逸話があるんですが、その話を聞いた時に「あー、それもいいなあ」と。

入るお墓はあるんですけど…。

実際は私には「入る予定」のお墓ってのが、千葉の田舎の方に父方の祖父が建てたお墓がありまして、その直系なのでそこに入れてもらえばいいやーって前から思ってるんですが、そこのお墓、32年前に68歳で死んだうちの祖父が生前自分で建てたお墓なんですね。

だけども、連れ合いの祖母も今年91歳で全然健在で(認知症は進んでるそうですけど)、うちの両親も70歳を過ぎてもまだまだ元気ハツラツ。なので、未だにそこの墓には祖父の遺骨しか入っておらず、なんやかんやで「祖父の次」は実は俺なんじゃねえの?って常日頃の不摂生を反省したりする日々なんすけども(大汗)。

…まあ実際に「そうなった」としたら、たぶん嫁さんが「常識的な」金額の範囲内で葬儀・戒名をやったりつけたりするんだろうね…。そればかりは死んだ後からは強制はできないし。

祖父の火葬後に腹が立った思い出。

ちょうど今、外は台風接近のせいで物凄く雨風がひどいんですが、その上記に書いた祖父の通夜告別式の日も物凄い大雨で、なぜかご近所では名物のおせっかいオヤジだったようで、親族もさることながらご近所さんが雨の中、葬儀をやった祖父の家で、そんなに広い家ではないのに自宅で葬儀をやってましたね…。

ま、当時はもうすぐ平成が始まる手前の昭和末期の頃、セレモニーホールなんてあった記憶もない中、自宅で葬式をやってそこにたくさんの人が来て、子供ながらに「すごいな」と思ったことと、季節外れの大雨でびっくりしたのは今でもよく覚えてます。

で、火葬が終わって、隣町の火葬場から祖父宅に戻ってきた後、二階の仏間では祖母やうちの親父たちでお七夜とかの法要が行われていた時に、一階の応接間みたいな部屋で親戚のおっさんたちがお酒飲んでどんちゃん騒ぎをしてた…のを見て、「人が死んだのになんだその態度は」って子供ながらに思いっきり不愉快になったのを今でも覚えてますね…。

ま、これが「精進落し」と呼ばれる「故人を偲んだ食事会」の替わりで、「そうやって盛り上がって故人を偲ぶ」ということだったのを知ることになるのは、それから10年ほどあと、母方の祖父が亡くなった私が予備校生の頃の話でもあったのですが。

しかしまー、父方の祖父の葬式以後、何人もの親戚や、何人かの友人、会社関係の人たち、ご近所さんなどなどの通夜告別式に出たり呼ばれたりして参列したもんでしたが、

どんちゃん騒ぎの精進落しはあれ一度きり

でしたけどね。未だに「騒ぎすぎだろバカヤロウ」ってツッコミを禁じえませんわ、あれは(失笑)。

サプライズはいらないなあ…。

一方で結婚式も何回かお呼ばれして参加したり、二次会も同様に経験があるんですが、サプライズ演出は結構ちょくちょくありましたね。ただ「お祝いの雰囲気をぶち壊さない」レベルのそれであったのは言うまでもありません(中にはそれすらぶち壊してどえらい事になった人もいたらしいですけど…)。

でも葬儀はさすがにねー。せめて故人本人が死ぬ間際に「葬儀参列のお礼のご挨拶」をしたって例は一度ありましたが、あの程度で「ご勘弁」いただければなーと思いますわ。

つーか、葬儀って基本的には「本人と最も親しい肉親・身内」のものだとおもうんですわ。なやんかんやで一番「付き合いが長い」のは家族や親戚筋ですから。そこでのスタンドプレーはやはり慎むべきかなあと思いますね。

「あ、もうこの人はいないんだ」と悲しむ場である、と。

一方で「あー、やっぱり死んで悲しかったなあ」「本人が死んだ直後に、ああもう人はいないのか…」と思ったのが今迄親戚で2人いましたね。

ひとりは私が20代の頃に亡くなった叔父貴、つまりは母の兄なんですがこの人は宴会男で、冠婚葬祭問わずいつも盛り上げ役で他の親戚から「少しは静かにせい」って注意が入るぐらいの賑やかな人だったんですが、その叔父貴の葬式・火葬を終えて、精進落しを行った際に、率先して盛り上げてくれる叔父が(当たり前ですが)そこにはおらず、遺影と遺骨がぽつんと置かれていて「あ、盛り上げ役がいないんだ」と気づいたのがひとつ。

それともうひとりは昨年の春に亡くなった一緒に住んでたおばあちゃん(妻の母)だったんですが、彼女は葬式の際に身内が亡くなると、いつも率先して棺をさすりながら昔話を語りつつ泣くんですね(どうも妻が言うのは「あれは若い頃からいつもやってた」らしいんですけど)。ある意味で宴会男の叔父と真逆の「泣かせ屋」というか、故人を偲んで悲しみに暮れるには(勿論本人は純粋に悲しいし、ここでそれをやらなければ一生悔いが残ると思ってやってるんでしょうが)、実は最適なキャラクターでもありました。

※韓国では葬式で泣いてくれるプロの「泣き屋」のおばさんってのがいるらしいんですけど…。

ただ、それを何度も見た私と妻は正直、「うーん、橋田壽賀子のドラマみたいだなー」「温泉場の剣劇の女優さんでもそんなにクサい演技する人は今時いないよねー」なんて帰りの車で苦笑いしてたものでしたけどね。一方で一緒の車に乗って帰るおばあちゃんもそういう愁嘆場(?)を終えるともうケロッとしていたのも凄かったんですけども。

で、改めて叔父貴と同様にそのおばあちゃんの「存在感とその重要さ」を改めて気づいてぐっと来てしまったのが…そのおばあちゃん本人の告別式だったわけです。

最後の飾られた花などを棺に入れて蓋を閉める際に、その「いつも率先して前に出てきて棺をさすりながら昔話を語りつつ泣く」人がもうそこにはいなかった、と気づいた瞬間でしたね。私、思わずそれを思い、涙を禁じ得なかったのをよく覚えてますわ…。

お別れ会で盛り上がってくれればそれでいいです(笑)

でもまあ自分よりも若い10代20代の人たちからみれば保守的に見えるんでしょうな、こういうの。

いやあやっぱし俺、「葬式無用、戒名不用」でいいっすわー。で、せめて世間体が問題になるんだったら、密葬・家族葬で小さくやってもらって、その上で後日、相続手続き等が済んで一段落頃に、うちの嫁と、私の親しい友人筋とかが集まってお別れ会でもやって「あいつ、生前ほんとにバカだったよなー」と笑って思い出話でも盛り上がってくれれば、それだけでも私としては生きてる証になりますから。頼むよ、嫁さん(苦笑)

 

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